お葬式のマナー
お葬式のマナー
弔電の意味
大切な人が亡くなった時、その死を悼む方法はいくつかあります。お通夜やお葬式に参列し、遺族にお悔やみの言葉を伝えられるのが一番の方法ではありますが、様々な事情で参列が叶わないこともあります。
そのような場合でも弔意を示す方法の一つが「弔電」です。
ここでは、弔電の意味や歴史についてご紹介します。
弔電とは
弔電とは、故人のお通夜やお葬式に参列することが出来ない際、遺族に向けて送る電報のことです。故人の死を悼む気持ちをメッセージに載せ、お悔やみを伝えるために送るものです。
友人や知人、仕事でお世話になった方が亡くなった際、お通夜やお葬式に参列したいと思っても諸事情で参列できない場合があるでしょう。
本来はお通夜やお葬式に参列してお悔やみを伝えるのが一番ではあるものの、どうしてもはずせない用事があったり、距離的や健康面の問題など、参列できないケースは様々です。
後日弔問するという方法もありますが、その前にまずはお悔やみを伝えたい場合は、弔電や供花、お香典などを送ることで気持ちを伝えることができます。
最近では家族葬や直葬を行うケースが増えており、参列自体が叶わない場合もあるでしょう。そういった際にも、弔電を送ることでお悔やみの気持ちを伝えることができます。
また、故人が企業や団体に所属していて、企業や団体、または取引先として弔意を伝えたい場合にも弔電を送ります。
以下が弔電を送るケースです。
●お通夜にもお葬式にも事情があって参列できないが、弔意を伝えたい時
●家族葬や直葬のため、参列が叶わない時
●企業や取引先、団体として弔意を伝えたい時
弔電の歴史
では、日本ではいつから弔電を送るようになったのでしょうか。
弔電のはじまりは、電報のはじまりと深い関係があります。
今でこそ電話は一人一台の携帯電話が当り前になり、メールやSNSなど、時間を選ばない連絡方法が多くあります。
しかし、こういった手段が存在しなかった頃は、通信手段は限られていました。
電報の誕生は郵便や電話よりも古く、明治時代初期の1870年です。当初は横浜から東京の間で開始された電報が全国に広がったのは1875年頃のことです。
当初は受付けた文章を局員が紙に毛筆で記入して封入し、配達するといった形式のものでしたが、緊急時の通信手段として官公庁がいち早く導入したとされています。
その後一般に普及するにつれ、「チチキトク」といった、家族の危篤を伝える手段等としても活用されるようになっていきます。
このような緊急時の通信手段から、お祝いやお悔やみの気持ちを伝える慶弔電報が徐々に増えていきました。
現在のように美しい台紙にメッセージが印字されて届くようになったのは、昭和に入ってからです。最近ではブリザードフラワーがあしらわれたものや、メロディ付の台紙など、バラエティーに富んだ台紙が活用されています。
弔電が読まれるシーン
その誕生から今に至るまで、弔意を伝えるために活用されている弔電ですが、お葬式の儀式の一部としても欠かせないものになっています。
弔電は宗教とは関係なく利用されるもので、お葬式の進行の中でいくつかの弔電が読み上げられます。読経、焼香が終わった後、お葬式の進行を担当する司会者から読み上げられるのが一般的です。
お通夜で読み上げてはいけないということはありませんが、多くの場合はお葬式、告別式で読み上げられます。
とはいえ、通夜の前には到着するように送るのが良いでしょう。多くの弔電が届いた場合には全ての弔電を読み上げることが叶わないため、どの弔電を読み上げるかを葬儀社と喪主が相談して決める必要があり、お葬式直前だとこの相談に間に合わないからです。
但し早く届きすぎても葬儀場で受付できない可能性がありますので、お通夜が始まる半日~3時間前までくらいを目安に送ると良いでしょう。
依頼方法は電話やインターネットなど様々ですが、インターネットでは24時間電報を受付けていますので、時間を選ばず依頼できる点でとても便利です。
お葬式が終わった後でも電報を送って良い?
弔電はあくまでお通夜やお葬式に参列できない際に利用するもので、お葬式が終わった後には送りません。
お葬式に間に合わない場合は、後日弔問するか、手紙やお香典で弔意を伝えるのが良いでしょう。
弔電を送る時のマナー
弔電を送る際のマナーについては、「弔電のマナー」でご紹介していますので、参考にしてください。