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津軽と南部の違い

青森県は大きく津軽地方と南部地方に分かれ、それぞれお葬式の習慣も異なります。津軽地方では、通夜には一般弔問客が参列し、お葬式・告別式は遺族と親族だけで執り行われるのが一般的です。
また、忌明けの法要は通常三七日(死後21日目)に行われます。
一方、南部地方では通夜は遺族と親族のみが過ごし、一般弔問客は主にお葬式に参列する点で、津軽地方とは逆です。
忌明けも津軽地方とは異なり、五七日(死後35日目)に行われることが多いようです。このような違いは、かつて津軽氏と南部氏が互いに対立していた歴史的背景や、八甲田山によって両地方が隔てられ、文化的な交流が少なかったことに由来します。
現在では両地域間に対立はありませんが、それぞれの地域に根付いた風習は今もなお残っており、青森県のお葬式文化に大きな影響を与えています。

殯とゆどき

青森県には古来の「殯(もがり)」の習慣が残っています。殯とは、亡くなった方の遺体を仮の小屋に移して、本葬までの間遺族が付き添い続ける儀式です。現代では簡略化され、通夜がその役割を果たしているとされています。殯の名残として、家の前に木の棒をX字型に組んで立てかける風習も見られます。

また、青森県の一部地域では「ゆどき」と呼ばれる独特の習慣があります。お葬式が終わった後、近隣の住民が喪家を訪れ、遺族を慰めるために交流を持つというものです。厳しい自然環境の中で助け合うことが不可欠だったこの地域では、こうした風習が今も残り、遺族と地域の絆を感じさせるものとなっています。殯とゆどきは、青森県を独自の葬送儀礼の一部です。

 

盛り篭と位牌

青森県のお葬式では、「盛り篭(もりかご)」という供物が特徴的です。盛り篭は、果物やお菓子などが大きな籠に詰められた供物で、通常の高さが50cm程度であるのに対し、青森県では2m以上の高さに積み上げられることがあります。このような盛り篭は、特に陽気で派手な性格とされる津軽人の気質を反映したものとされています。盛り篭の中身は、お葬式を手伝ってくれた近隣住民に配られることが多く、地域社会とのつながりが強い青森ならではの風習です。また、青森県では位牌を2つ作る習慣も見られます。1つは自宅に安置し、もう1つは菩提寺に納めます。これにより、故人の供養が途切れることなく続けられるとされています。このように、盛り篭と二つの位牌の風習は、青森県の特長的なお葬式文化となっています。

 

骨葬

青森県のお葬式では、「骨葬(こつそう)」という独特の形式が採用されています。これは、お葬式の前に火葬を行い、その後に遺骨を祭壇に安置してお葬式を執り行うというものです。
お葬式の後に火葬を行う地域とは順序が逆のため、他の地域から参列した人たちは驚くようです。
骨葬の習慣が広まった背景には、豪雪地帯である青森県特有の気候が影響しています。火葬を先に行うことで、親族が集まるまで遺体の状態を保ち、遠方の親族も参列しやすくするという合理的な理由があります。また、初代津軽藩主の津軽為信が、上洛中に亡くなり、遺骨を津軽に持ち帰ってお葬式を行ったことが骨葬の起源とされています。
青森県の多くの地域では、仮通夜の後に火葬を行い、本通夜とお葬式には遺骨が安置されます。このため、参列者が故人と直接対面してお別れをすることは難しく、遺骨を前にした厳かなお葬式が行われるのが特徴です。

 

取り越し法要

青森県には「取り越し法要」という特有の習慣があります。取り越し法要とは、お葬式の後に行われる四十九日や百箇日といった法要を繰り上げて、一度に行うものです。特に冬が厳しい青森県では、雪によって移動が困難になることが多く、親族が集まりにくいことから、この取り越し法要が一般的に行われるようになりました。法要が繰り上げられるのは合理的な理由で、雪が降る前にすべての儀式を済ませることで、遺族や親族の負担を軽減し、長期間にわたる法要を一度に集約することができます。
このように、青森県の厳しい自然環境が、取り越し法要という合理的な葬送習慣を生み出しました。

 

このように、青森県のお葬式文化はその独自の風習や歴史的背景に基づき、地域ごとに多様な姿を見せています。この伝統は、地域の絆や歴史を深く感じさせるものです。青森県のお葬式に参列する際には、ぜひその背景を意識してみて下さい。

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